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スミコさん

スミコさんの噂ってご存じですか?

この話、僕の大学時代の友人から聞いたんですけどね。
元々僕とそいつは不思議な話や怖い話が好きだったんです。
お互い都内の実家住まいで、わりと近所だったものですから、よく近くの駅前にあるファミレスで怖い話を語りあったものです。
仮にその友人をSとしておきましょうか。

Sはいわゆる「怖がりの怖いもの好き」という人で、自ら「怖い話を語ってくれ」とせがんだのに、聞き終えてから「今日は怖くて帰れない」と言い出し、朝までファミレスにいたことがあるほどでした。

Sも怖い話や体験談を多少持ち合わせていて、それを話してくれることもあったのですが、
「俺、怖い話をしていると、自分自身怖くなっちゃってさ、それでつい笑ってごまかそうとしちゃうんだよな~」
と、よく言っていました。
実際Sは、あまり怖くないようにするためか、はにかみながら怖い話をする癖がありました。

大学卒業を間近に控えたある日のこと。
僕もSも、卒業後は東京から出る予定だったので、「これからはなかなか会えなくなるなぁ」とお互い名残惜しみ、どちらともなしに「ちょっと会おうか」と約束をしました。
いつものファミレスに一緒に入り、大学四年間を振り返り懐かしみながら語り合っていると、あっという間に夜は更け、いつの間にか共通の趣味である怖い話をし始めました。

ひとしきり、最近仕入れた怖い話を語り合った後、僕はお腹が減っていたので食べる物を注文をしました。
店員さんが行ってしまうと、ちょっとの間沈黙があり、Sがおもむろに口を開きました。

「スミコさんって知っているか?」

「スミコさん」
僕はおうむ返ししました。が、その名前に聞き覚えはありませんでした。

「インターネットで流行っている都市伝説なんだけどさ」
そこでSは水を一口飲みました。

「スミコさんっていうのがいるんだよ。"隅っこ"が好きだから、スミコさん」
「へぇ、安易だね。まァ都市伝説らしいか」

僕が笑うと、Sは黙ってうなずき、話を続けました。

「スミコさんは、一人でいるとき必ず近くにいるんだよ。
でもスミコさんを見ることはできない。
なぜならスミコさんは、隅っこ、すなわち、俺らの目の届かないところにいつもいるからだ」

「いつも、死角にいるってことか」

「そう。例えば、自分の部屋にいるときを想像してほしい」

「今、椅子に座っていて、目の前には机がある。
そこで何か作業をしていると、ふと背後に気配を感じる」

「…」

「そこに、スミコさんがいるんだ。今前を向いているわけだから、死角となっている後ろ側にいるわけ」

「なるほど…」

「背後が気になると後ろを向く」

「後ろには部屋の空間がある。ドアがちょっとだけ開いている。カーテンが閉まりきっていない。そのどれもが気になる。
でもそのとき死角になっているのは、背後じゃない。前だ。机の上にいるかもしれない。あるいは机の前にある窓からこっちを覗いているかもしれない」

「…」

「今度は前から気配がするものだから、不安になってきょろきょろし、右側を見る。ただ壁があるだけだが、なんだか左の頬の辺りに風を感じた気がする。
今スミコさんは、左側の頬に触れそうな場所にいるのだろうか。
…ハッとして左側へ振り向く。そこにはただ本棚があるだけだ。だが、ほんの少し、右の視界の端に何か映ったような気がする。
けれどもしっかりと見ようとすると、またぬるりと死角へ逃げ込んでしまうんだ」

「…じゃあ結局は見えないってことか?それならあんまり怖くはないな」
僕はそう笑いました。

「一つだけ…。見る方法がある」
Sは真顔で僕の顔を見たまま言います。

「鏡を使うんだ」

「…なるほど」
確かに、鏡を使えば死角をなくすことができます。

「…Sは鏡で見てみたのか?」

「まさか」
Sはうっすら笑った。そんな怖いことしないよ、と言ったが、まったく怖がっている様子ではありませんでした。

「そうか。ただ、鏡を使って死角をなくす、なんてことは誰でも考えつくものだよな。Sがやっていなかったとしても、誰かやった人はいるんじゃないか?」
ネットで流行っている都市伝説なら、誰かしらがそれを試していてもおかしくないんじゃないか、と僕は考えました。

「いないよ」
Sは素っ気なく答えました。

「いや、正確に言うと『試そうとした人はいる』。
が、『実際に見た人はいない』。
スミコさんを見ようとした人は、みんな音信不通になったり行方不明になったりしているからね…」

Sがそう言うと、ちょうど僕の頼んだメニューが運ばれてきたので、スミコさんの話はそこで打ち切りとなりました。

その後は、まるでスミコさんの話など何もなかったかのように、別の話題へと変わり、深夜に解散しました。
その数日後には、僕もSも互いに新しい生活が始まり、仕事に忙殺される中で連絡を取らなくなっていきました。

スミコさんの話を聞いた当時は、僕も「ありがちな都市伝説にすぎないな」という印象しかありませんでした。
そして、都市伝説というものは基本的に、実際には存在しない"伝説"です。
Sから聞いたスミコさんの話もあくまで都市伝説なのだろう、と僕は考えていました。

それゆえ、いつしかSからスミコさんの話を聞いたこと自体、忘れていたんです。

ですが、それから何年か経って、僕がホラークリエイターとしてYouTubeやツイキャス、イベントなどで怪談を語るようになったある日のこと。
ファンの方からTwitterのメッセージで、「都市伝説ってお詳しいですか?」という質問をいただいたんです。

そのときにふと、そういえば昔、Sからスミコさんという都市伝説を聞いたなぁって思い出したんです。

"インターネットで流行っている都市伝説なんだけどさ"というSの言葉に従い、僕はインターネットで「スミコさん 都市伝説」と検索してみました。

すると…、一件も出てこないんです。
漢字にしたり、他の言葉を使って検索してもみましたが、やはり一件も出てこないのです。

僕はSに騙されたのか?と思いました。
ですが、それはやはり彼の性格を考えるとありえないことでした。
お人好しで嘘をついたり他人を騙したりできないタイプのSが、何の意味もない嘘を吐くことはありえませんでした。

ですが、"スミコさんという都市伝説は存在しない"という厳然たる事実が、そこにはありました。

僕はしばらくの間、パソコンの画面の前で愕然としていました。

もしかすると、スミコさんという"都市伝説"は初めから存在していなかったのかもしれません。

なぜなら…、スミコさんは本当に存在するかもしれないのですから。